「不要不急の外出を控える」ことの問題:「不安」のリスク

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、政府からは「不要不急の外出は控えて」という発信がなされています【*1】。

現在、多くのイベントの中止・延期が決定し、さらには全国の小中高での臨時休校が要請されている【*2】ことを踏まえれば、今後しばらくは外出を控えて自宅にとどまる人が増えることは容易に想像がつきます。

外出を避ければ、新型コロナウイルスに感染する可能性、さらには他者にうつしてしまう可能性を低めることができると考えられます。しかし、外出を避けることが必ずしも社会や個人にとって良い結果を招くとは限らないと私は考えています。

家にいると「不安」を引き起こす情報に大量接触しやすい

というのも、新型コロナウイルスへの接触が減る一方で、やることが特にない状況で家にいる人が増えるわけですから、新型コロナウイルスに関する情報への接触が増えていくと予想されます。

ここ数日、テレビをつけても、インターネットを開いても、「新型コロナウイルス」に関する情報に触れない日はありません。言い換えれば、テレビやネットを利用する時に、新型コロナウイルスの情報を完全に避けるのは困難という状況です。家にいる時間が長くなり、テレビやネットを見ることが増えれば、自然とそうした情報への接触は増えていくでしょう。

そして、多くの情報と接触することには有益な面もあると思いますが、少なからず私たちの不安を増幅させていくとも考えられます。

この点について、イタリアの心理療法士である Alessandra Braga は「Emotional epidemic(感情の伝染病)」という言葉を用いて説明しています。

学校や職場の閉鎖は「多くの人が家で一日中コロナウイルスの話ばかりしているテレビ番組を見ているだけで、完全に不安を引き起こしている」ということを意味してしまっていると Braga は述べ、患者に「外に出て、空気を吸う」ように薦めていると付け加えた。

しかし、彼女は「それは感情の伝染病のようなものであり、感情をコントロールするのは困難です」とも述べている。

 

出典:'Emotional epidemic': Coronavirus fear takes mental toll in Italy(翻訳はGoogle翻訳による日本語訳を筆者が修正)【*3

すなわち、「不要不急の外出」を控えた結果、やることもなく家にいるばかりでは、テレビやネットなどの利用に伴う情報接触の増大によって不安が高まってしまう可能性があるということです。あまり見ようとは思っていなくても、自然と触れる量が増えてしまうことが危惧されます。つまり、意図的に情報から離れることが必要と考えられます。

Braga は「外に出て、空気を吸う」という行動を推奨していると述べていますが、こうした行動は、テレビによる情報接触を減らすという観点から望ましい行動と言えるのではないかと思います。

なお、新型コロナウイルスは「飛沫感染」と「接触感染」が基本であり「空気感染」の可能性が低いことを踏まえれば【*4】、少し「外に出て、空気を吸う」くらいでは、感染のリスクについても問題ないと言えるでしょう。

「外に出て、空気を吸う」行動は、基本的に「不要な外出」だと考えられます。しかし「感情の伝染病」から身を守るためには、むしろ「不要な外出」こそ役立つのではないかと思われます。家に引きこもって、のんびりとテレビやインターネットを使って漠然とした時間を過ごしそうな人は、軽い外出の機会を設けることも重要だと思います。

誤情報が拡散される背景としての「不安」

新型コロナウイルスの感染がこれだけ騒がれている中で、私たちが不安を感じるのは当然のことであり、これらの不安を完全に抑えこむことには無理があります。(とはいえ、情報の接触を少しでも減らして、無駄な不安を抱かないようにするという対処が重要だと思いますが。)

そこで、不安と向き合っていくためには、こうした感情がどのような影響をもたらす可能性があるかについて知っておくことも有効だと思います。ここで特に気にしておきたいのは、社会へのインパクトが大きい「情報の発信・拡散」に関する問題です。

新型コロナウイルスをめぐっては不確かな情報の多さが問題視され、その対処が広く行われています。ネット上でみられる多くの情報が "ファクトチェック" されており【*5】、私も非常にお世話になっています。しかし、ファクトチェックする必要のあるような真偽不明の情報は追いつかないほどに次々と流れているのが現状です。

また、誤情報とまでは言えないものの「よく考えたらコロナウイルスかかってる人あんまりいないよね」というツイートの大量投稿が話題になったり【*6】、「韓国に比べて検査数が少ないのは日本政府が感染者を少なく見せたいからだ」といった検査にまつわる陰謀論じみた意見がインフルエンサーによって拡散されたりするという状況もあります【*7】。

こうした誤情報の拡散や、陰謀論的な思考は「ネットリテラシーの低い人がやる」と考えられがちですが、実際のところ、不安が高まっている状況では誰もが誤情報の拡散に加担し得るので、自分は大丈夫と思わずに注意深くなることが重要だと思います。

というのも、不安が強い状況では、人と寄り添い、不安を共有し、安心を得ようとする「親和欲求」が強まることが知られています。もう少し言えば、不安が高い状況において、人は情報の拡散・共有をしやすくなるため、根拠のあいまいな「うわさ」を流しやすい言えます。たいていの人がこうした欲求からは逃れられません(人間として自然なことなので問題というわけでもありませんが)。

また、誤情報の拡散は必ずしも悪意があるというわけでもありません。むしろ「善意」のために拡散されるケースのほうが多いくらいではないかと私は予想しています。また「これってどうなのかな?」と誰かに尋ねるような形での誤情報の拡散もあるでしょう【*8】。誤情報の拡散を悪人がやることのように扱うのではなく、こうした状況下では誰もがやってしまうことと考える必要があると思います。

さらに、不安の高い状況では、陰謀論的な思考をしやすくなることも研究で示されています【*9】。ふだんは陰謀論を嘲笑し、批判しているような人が「これは陰謀論ではない」と言いながら根拠不明の内容を口走っているといった場面をネット上で何度か見ました。

陰謀論や誤情報の拡散は、感染のさらなる拡大につながってしまうということも指摘されており【*10】、WHO(世界保健機関)は「インフォデミック」という語を用いて、警鐘を鳴らしています【*11】。

「不要不急の外出を控える」という対応が情報接触を増やして不安を高めるという話と結びつければ、不安によってさらに情報が氾濫し、根拠不明でより不安を煽るような情報との接触を増やし、さらに不安が高まり……といった悪循環が懸念されます。

不安な中でもできる「予防行動」

ある記事の中に、こんなことが書かれていました。

 病は気からというように、不安が増長されると持って生まれた自然治癒力や免疫力も失われてしまうことになりかねない。まずは気をしっかり持とう。

 そして自分でできる最善の努力をすればいい。気を付けることと心配することは意味合いが違う

 

出典:不安で胸が張り裂けそうなあなたへ。過度に心配していることの多くは現実にならない(米研究) : カラパイア

新型コロナウイルスが怖い。不安である。それは当然のことだと思います。しかし、この記事が言うように私たちは不安になるだけでなく「気を付ける」こともできるはずです。手洗い、うがい、こまめな換気、早めの睡眠、など今すぐにでも始められる対策はたくさんあります。

実際、マスクをつけている人はたくさん見かけますが、食堂で手を洗っている人はほとんど見たことがありません。それでは意味がないのではないでしょうか。

不安に苛まれたとき、それを収めるために何かの対処行動を取る際、人間はコストの小さい行動を取る傾向があるのだといいます【*12】。

「不安だ」と思いながら、テレビやネットを見ているだけというのは非常にコストの小さい行動です。もっと言えば「不要不急の外出を控える」という対策も個人から見ればコストの小さい行動です。こうした対策で「安心」することは当然ながら不可能に近いと思いますし、むしろ「不安」を高めるのではないかというのは、これまでに見てきた通りです。

結局、現時点で大切なのは「コストのかかる予防行動」の積み重ねだと思います。もっと端的に言えば「手洗い・うがい」からです。こうした行動は場合によっては、認知や感情を変化させることにもつながり得ると思います。

おわりに

多くのイベントが自粛される中で、どうも「不要不急の外出を控える」ことばかりが強調されている印象を受けます。しかし、「不要不急の外出」をやめて家にいるだけでは、情報の接触が増え、他に考えることもなく、余計な不安を背負うことになる可能性が高いと思います。それならば、心理療法士の Braga が推奨していたように、定期的に少しだけ「外へ出て、空気を吸う」ぐらいの行動を定期的にとっていた方がまだマシなのではないかと思います(もちろん、手洗い・うがいなどの予防行動も合わせて行う必要がありますが)。

こうした状況で生じる「不安」は個人にも社会にも悪い影響を与えます。とはいえ、この感情をコントロールすることは難しく、「正しく怖がろう」と言って、正しい情報を提供すれば、適度な不安感情を保つことができるというような簡単な話ではありません。正しい情報を提供すればよいといった欠如モデルの価値観は捨てるべきです【*13】。

ちなみに、話題となっている「希望者が全員、検査を受けられるようにすべき」という話も医学的には間違っていますが、人間の感情としては極めて正常であると感じています【*14】。こうした状況を踏まえ、医療者以外でもいいので「不安」についての対処を行う専門家が必要なのではないかとは思います。

最後になりますが、一人一人ができることとしては、自分の中に生じる不安感情を受け止め、そのうえで、人間の特性や「不安」がどのような影響を持つかについてを認識し、慎重に日常を送っていくことが重要だと思います。まさに「恐る恐る日常を続ける」しかないと私も思います【*15】。

追記(20/02/29)

記事を公開した直後に、同じような趣旨のことを述べている専門家の記事を見つけたので引用しておきたいと思います(強調はすべて筆者による)。

news.yahoo.co.jp

大人の不安は、子供に「二次的な不安」として影響を与える可能性があります。言葉では説明できない、漠然とした「わけのわからない不安」を子供が感じてしまうのです。

優しくて思いやりがある。繊細。周りをよく見ている。こうした子は特に「二次的な不安」を感じるリスクが高まります。親や周囲は子供の小さな変化に気を付けて、子供を見守ってあげる必要があります。

しばらくの間「上手にやりすごす」という考え方が大切になると思います。そのためには「どうしよう」と不安になるのではなく、小さくてもいいので具体的な行動を起こす。「どうしよう」より「こうしよう」です。

今の状況が永遠に続くわけではありません。インターネット上の真偽不明の情報に惑わされず、公的機関や医療機関などから正しい情報を得る。怖がるのではなく「備える」ことが求められます。

インターネットで大量のニュースに触れて、ストレスを感じるというケースもあります。ポイントは「こうなった」という結果を伝えるニュースだけではなく「こうしましょう」という、対策を伝えるニュースに意識を向けることです。「こんなことが起きた、どうしよう」ではなく「こうすればいいんだ」というマインドに持っていき、確かな情報をもとにそれを実行する。それにより不安は大きく軽減されます。したがって、こうした非常時においては、信頼のおける情報源を確保しておくことが何より重要となるのです。

心理的には、家でじっとしていることは、あまりよくないとされています。「身体活動」が低下すると「精神活動」も低下する。精神活動の低下は、心理面でいい状態だとは言えません。したがって、たとえ自宅待機になったとしても、適度に体を動かすことが大切です。普段できない家事、体操、安全面衛生面に問題がないのであれば散歩。とにかく無理のない範囲で体を動かすことを心がけてください。

あらゆる不安、そして「早く収束してくれ」と焦る気持ち。熊本地震でもそうでしたが、非常時において人は頭の中でいろんなことを考えてしまいます。しかし、何より大切なのは考えることよりも冷静に行動することです。繰り返しになりますが、しばらくの間、上手にやりすごしましょう。

*1:「不要不急の外出は控えて」 政府、感染拡大防ぐため [新型肺炎・コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

*2:全国の小中高 臨時休校要請へ 来月2日~春休みまで 首相 | NHKニュース

*3:原文は次の通り。
The closure of schools and offices means that "many people are just spending all day at home watching television programmes where people are only talking coronavirus, it's completely anxiety-inducing," says Braga, adding that she was encouraging patients "to go out, to get some air".
But, she says, "it's like an emotional epidemic, and emotions are hard to control".

*4:東京新聞:相次ぐ新型肺炎、正しく恐れよう Q空気感染は?A国内で確認なし Qマスク必要?A病原体飛散防ぐ:社会(TOKYO Web)

*5:ファクトチェックの例:チェック済み情報まとめ(国内編) | FIJ|ファクトチェック・イニシアティブチェック済み情報まとめ(海外編) | FIJ|ファクトチェック・イニシアティブ

*6:Twitter「よく考えたらコロナウイルスかかってる人あんまりいないよね笑」重複投稿、誰が何のために? - wezzy|ウェジー

*7:【参考】PCR検査についての解説記事:新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの?  感染管理の専門家に聞きました : BuzzFeed

*8:【参考】社会心理学者・竹中一平氏のブログ:噂に惑わされないために

*9:【参考】Grzesiak-Feldman, M. (2013). The Effect of High-Anxiety Situations on Conspiracy Thinking. Current Psychology , 32(1), 100–118. https://doi.org/10.1007/s12144-013-9165-6

*10:新型コロナウイルス:デマの氾濫は感染拡大を悪化させてしまう(平和博) - 個人 - Yahoo!ニュース

*11:新型コロナウイルスによって生じる「インフォデミック」とは? | DOCTOR'S COLUMN(ドクターズコラム)|【マイナビDOCTOR】

*12:新型肺炎「不安の正体」なぜ人々はパニックに陥っているのか(原田 隆之) | 現代ビジネス | 講談社

*13:【参考】欠如モデル | 時事用語事典 | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス

*14:「コロナウイルスPCR検査に関して、科学的に妥当なものの見方ができる人たちと不安の強い人たちとの分断について」medtoolz先生の久々のツイート - Togetter

*15:全国一斉休校の速報に専門家も「ひっくり返りそうになった」 新型コロナ感染拡大防止のためにどこまですべきか? - BuzzFeed