若者が「ヒト消費」を重視する背景【小論】

「ヒト消費」を重視する若者

経営戦略コンサルタント鈴木貴博(2019) によると、近年の若者の消費行動が「モノ消費」や「コト消費」といったこれまでの考え方では形容できず、いわば「ヒト消費」というべき消費が中心となっているという。

日曜の深夜に新宿ゴールデン街の狭いお店で盛り上がる若者、「忘年会に参加する時間もお金もどちらももったいない。上司の話を聞く必要があるならその時間の給料を払って欲しい」と言って忘年会に参加しない(いわゆる「忘年会スルー」をする)若者、そしてモノにはほとんどお金をかけない一方で、スマホ、映画、飲食店、タクシーには乗る……という若者。

こうした若者の行動を鈴木は「ヒト消費」というキーワードで結びつける。

見たい映画だから観に行くわけではなく、おいしいから食べに行くわけではなく、楽をしたいからタクシーに乗るわけではない。そこにいる人と一緒にいることができるから、その体験が共通の話題や記憶になるから「コト消費」をする。いいかえるとやっていることは「コト消費」に見えても消費のきっかけはむしろ「ヒト消費」なのです。

そう考えると、まったく違う3つの出来事がひとつのキーワードでつながってきます。若い世代は「モノ消費」だけでなく「コト消費」にもそれほど関心が無い。でも「ヒト消費」にはお金をとても使う傾向があるのです。

この記事は定量的なデータの分析を扱っておらず、あくまで「傍証」のみではあるが、少なくとも自分の実感と一致しており、とても興味深い傾向に感じる。

では、こうした「ヒト消費」が増えている背景にはいったい何があるのだろうか。ここでは「人間関係の自由化」を軸に考察してみたい。

 

人間関係の自由化がもたらす「光」

人間関係の充実は、若者の生活満足度に影響を及ぼす重要な要因と考えられている。

例えば、内閣府が実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度)」をみると「あなたは、どんなときに充実していると感じますか。」という設問において、『あてはまる』(「あてはまる」と「どちらかといえばあてはまる」の合計)と答えた割合は「恋人といるとき」(82.3%)が最も高い。そして、3位には「友人や仲間といるとき」(74.4%)が挙げられている。(我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度) - 内閣府

また、少し古いデータではあるが、NHK放送文化研究所が2012年に実施した「中学生・高校生の生活と意識調査」の中では、学校生活で一番楽しいこととして「友だちと話したり一緒に何かしたりすること」と回答した人の割合が中学生で68.2%、高校生で76.6%と最も高くなっている。(https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/social/pdf/121228.pdf

以上の調査結果より、人間関係の充実は生活の充実に関わっており、子どもの場合には学校生活の充実にも関わっていると言える。

 

そして、近年、若者の生活満足度は明らかに以前より高まっている。例えば、NHK放送文化研究所が実施している『「日本人の意識」調査』における1973年と2013年の結果を比較すると、若年層において満足感が大きく高まってきたことがわかる(図)。また、同調査によると、日々の生活を充実させるために必要なものとして「健康な体」や「経済力」が全世代で共通してかなり重視されているが、若年層において「なごやかなつきあい」を挙げる人が以前よりも増えてきているといい、人間関係での充実感が生活満足度を高めている可能性は高い。

f:id:amtmt322:20191231093929j:image出典:NHK放送文化研究所(2015)『現代日本人の意識構造 (第8版) 』NHK出版

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ところで、社会学者の見田宗介(2008) は「まなざしの地獄」という言葉を用いて、1960年代の若年層の心性を紐解いた。そこには「関係からの自由への憧憬」があったといい、関係欲求よりも関係嫌悪の方が強かったのだという。つまり、人間関係から逃れたいという心性が強く、現代の若者とはまったく逆であることがわかる。

まなざしの地獄

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そして、同じく社会学者の土井隆義(2019) によれば、1970年代以降の急速な経済成長と人口の拡大の中で、人口移動率の増加や、社会全体としての価値観が多様化に伴い、共同体の拘束力が弱まったという。その結果、人間関係は自由化し、人間関係に満足感を覚える若者が増え、人間関係を希求する心性へと変化していったのではないかと指摘している。

 

以上の議論を踏まえると、人間関係に対する満足度の高さは「人間関係の自由化」に関係すると考えることができる。他者から人間関係を強制されることが減り、付き合いたくない相手とは付き合わず、自分の好きな相手とだけ付き合えば良い。こうした価値観が高まった現代社会だからこそ、人間関係が若者の生活満足度に関わる重要な要因になっているのではないかと考えられる。

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もちろん、若者の生活満足度の高さを「人間関係」のみで論じることは不可能であり、実際にはより多様な要因が関係していると思われるが、本稿の論旨とはずれてしまうためこれ以上は深入りしない。

が、いくつかの調査結果が示すのは、若者の生活満足度には人間関係の充実が深く関与しており「人間関係の自由化」という社会的な要因がそれを後押ししているという実態である。

 

人間関係の自由化がもたらす「影」

このように、人間関係の自由化が人間関係への満足度を高めてきたと考えられる。しかし、人間関係の自由化は、同時に人間関係の「リスク」を高めていると考えられる。その結果、人間関係の維持に大きなコストを割かなければならなくなっている可能性が高い。

土井隆義(2016) によれば、人間関係の制度的基盤が弱まる中で、人間関係の指標である「友人の数」は格差化が進んでおり、差が開くことによって人間関係そのものが「評価の物差し」として作用するようになっているという。すなわち、人間関係を形成することが流動性の高まりによって「自己責任化」するだけでなく、その人自身の評価を決める指標と認識され、人間関係を維持することへのプレッシャーを与えている。

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実際、青少年研究会が実施している2002年と2012年の「友人の数」の分布を見てみると次のような変化がみられる。分散が明らかに大きくなっており、格差化が着実に進んできている。その中で、人間関係の中でも特に友人関係はストレス源と認識されているという実態が浮かび上がってくる。

f:id:amtmt322:20200102145552j:imagef:id:amtmt322:20200102145554j:imagef:id:amtmt322:20200103185449j:image出典:http://www.sec.sapporo-c.ed.jp/download/pdf/web/H27web/280324doi.pdf

 

そして、こうした格差化を背景に、流動性の高まった人間関係の維持に大きなコストをかけることが重視されているのではないかと考えられる。人間関係に関する「自己責任」が強まる中で、他者からよい評価を獲得するための競争が起こっているとも言える。他者からよい評価を受け、よい関係を築くために「他人から “ぼっち” と見られたくない」「他人から嫌われたくない」という気持ちが強まり、人間関係の維持を重視しようとする、「自己目的化された人間関係」が広がっているのではないだろうか。

さらに、こうしてコストをかけることによって維持される人間関係は、前節でみたように「充実感」という報酬をもたらすため、人間関係にコストをかける行動を「強化」していく。しかし、人間関係が強固になっていくほど、かえって見捨てられることに対する「リスク」を感じ、人間関係に対する不安が高まっていく可能性もある。そして、極端な場合にはドラッグのように特定の人間関係に「依存」する心性さえ生むだろう。

 

おわりに

本稿では、1970年代以降に起こった「人間関係の自由化」によって、若者の人間関係に対する満足度が高まっていく中で、人間関係を喪失することに対するリスク感覚が強まり、人間関係の維持に大きなコストを払おうとする心性が生まれているのではないかと考察した。その結果として、冒頭で紹介したような人間関係の維持を目的とした「ヒト消費」が重視されているのではないかと考えられる。

ところで、冒頭の記事の中では「ヒト消費」の強まりの中に「忘年会スルー」の例が挙げられていたが、もしも若者が「人間関係」を重視するならば、上司とのつながりの機会である忘年会を重視するのではないかという疑問が生じる。実際、そのような動機づけで忘年会に参加する者もいるかもしれない。

しかし、冒頭の記事によれば、忘年会は会社からは「職場の一体感を築くチャンスとして「仕事の一環としての行事」として重要視するイベント」と認識されていることが多いようである。すなわち、忘年会があくまでも仕事に関わる行事となっているならば、そこで人間関係を強く形成しようという動機づけにつながらない可能性がある。

さらに、職場での人間関係はある程度固定的なものであり、プライベートな人間関係よりも関係維持に関するリスクが低い。そのような状況を考えれば、プライベートな人間関係にコストを優先して配分したいという心性になっている可能性もある。

 

なお、若者が人間関係を重視する心性については、リスク感覚の強まりだけではなく、価値観の多様化にともなった「承認欲求」の高まり、その背景にある「他者志向型」の社会的性格という観点からも考察ができると考えられる。

さらに、人間関係が強固になった時に人間関係に対するリスク感覚がどのように変動するかは十分に考察できなかった。

これらの点については、いずれ論じていきたいと思う。

 

主な引用文献

土井隆義(2019)『「宿命」を生きる若者たち:格差と幸福をつなぐもの』岩波書店

土井隆義(2016)「第4章 ネット・メディアと仲間関係」佐藤学・秋田喜代美・志水宏吉・小玉重夫・北村友人 (編)『岩波講座 教育 変革への展望3 変容する子どもの関係』岩波書店

見田宗介(2008)『まなざしの地獄』河出書房新社

NHK放送文化研究所(2015)『現代日本人の意識構造 (第8版) 』NHK出版

鈴木貴博(2019)「日本の若者たち、「コト消費」から「ヒト消費」に激変していた…!」現代ビジネス(最終閲覧日:2020.1.2)