「リスニング力」の向上をもたらす実践:英文速読訓練の効果

英語学習における「リスニング力」を向上させるための実践はいろいろとある。特に有名なのは「ディクテーション」(耳から聞こえてくる音声を書き起こす活動)や「シャドーイング」(耳から聞こえてくる音声をそのままマネして発音する活動)だろう。

最近では、ディクテーションの発展的な形態ともいえる「ディクトグロス」(耳から聞こえてくる音声をもとに、仲間と協力して文章を復元する活動)も注目されている(*1)。

これらの実践はいずれも「音声情報の認識」に注目した訓練であり、たしかにリスニング力の向上に有効とされてきた。しかし、「音声情報の認識」だけではなく「音声情報の継時処理」に注目したトレーニング、特に「英文速読」もリスニング力の向上に有効であるという知見が得られている。

リスニングの2コンポーネントモデル

小山(2009, 2010)は、英語のリスニングについて音声の認識という点だけでなく、情報処理の観点からも考える必要があるとし、「リスニングの2コンポーネントモデル」を提案している。

このモデルによると、英語のリスニングには、音声情報を認識する「音声情報の認識コンポーネントと、聞き取った音声情報をそのままの語順で経時的に処理する「音声情報の継時処理コンポーネントの2つが関与するといい、両方の処理が適切に行われることでリスニングの理解に至ると想定されている。

実際に、継時処理能力と英語のリスニング力の関係性は小山による一連の研究(cf., 小山, 2019)で示されてきた。

具体的には、以下のような知見が得られている。

①読み戻りができないような形式で英文を提示されると、リスニングスコア下位群では理解度が落ちるが、リスニングスコア上位群では理解度に変化がない
②リスニングスコア上位群は下位群に比べて英文を読むときの読み戻り回数が少ない(継時処理に長けている)
③パワーポイントを用いた英文の視覚継時処理訓練によってリスニングスコアの向上がみられる

英文速読訓練によるリスニング力の向上

さらに、小山(2009, 2010)は英文速読訓練によってリスニング力が向上するという仮説を実証的に検討している。

まず、小山(2009)は大学生を対象に速読訓練とディクテーション訓練の効果を比較検討している。この研究では、速読群とディクテーション群が設けられ、8週間にわたって週1回ペースで訓練(10分程度)が実施された。

その結果、ディクテーション群においてはリスニングスコアの有意な向上が認められなかった。一方で、速読群においては、1分間に読める単語数(WPM; Words per minute)の増加に加えて、リスニングスコアにも統計的に有意な向上が認められた。

さらに、小山(2010)では、高校生を対象に英文速読訓練の効果を検討している。この研究では、速読群と統制群が設けられ、速読群のみで9週間にわたって週1回ペースの訓練(10分程度)が行われた。

その結果、速読群においては、リスニングスコアが統計的に有意に向上すること、ディクテーションスキルの高低にかかわらず、継時処理スキルが向上することを確認した。さらに、訓練前のディクテーション能力の高低に注目して分析すると、ディクテーション能力が高い学習者の方が速読訓練によってリスニングスコアが高くなることも確認した。

以上の研究を踏まえ、小山(2019)は次のように指摘している。

リスニングの情報処理プロセスを「音声情報の認識」と「音声情報の継時処理」の2つのコンポーネントに分けて考えると、「英語の音声を聞く」テストと、「英文を読み戻らずに読むテスト」の2つのテストを用いて、学習者が「音声認識」と「継時処理」のどちらのコンポーネントに問題を抱えているのか診断するテストを作成することが可能である。テスト結果に基づいて、音声認識が弱い学習者には「ディクテーション等聞き取りの訓練」を行い、英文を読み戻らずに読むことが苦手な学習者には「速読訓練を行う」といったように、学習者に応じたリスニング指導ができるのではないだろうか。

出典:小山(2019)pp.238-239

参考:英文速読訓練の進め方

以下、小山(2010)の英文速読訓練の進め方について簡単に述べる。

1.教師は参加者に速読ワークシートを配布する。ワークシートを上下で2つに折り、内容把握問題を隠し、英文のみが見えるようにするよう伝える。そして、合図とともに配布されたプリントに印刷された英文を内容を理解しながら、できるだけ早く、読み戻らないで読むよう教示する。
2.教師は教室前方の黒板に経過時間を書き出す。
3.参加者は英文を読み終わった者から、黒板に書かれた経過 時間を見て、自分が英文を読むのにかかった時間をワークシートに記入する。
4.参加者は本文を見ずに、内容把握問題を5問解く。解き終わったら自分でワークシートの裏に印刷された解答・解説を見て採点を行う。
5.参加者は公式に基づき、1分間に読めた単語数に、内容把握問題の正答率を掛け合わせたうえで、wpm(words per minute:1分間に読める単語数)を算出する。
6.最後に、参加者はwpmをワークシートに記入して、折れ線グラフを作成する。

出典:小山(2010)より

※速読教材は未知語が含まれないレベルの易しい英文を使用。

※wpmは内容理解のレベルを含めた調整値を使用。
公式は wpm={単語数/読解時間(秒)}×60×{正答数/問題数}

おわりに

英語のリスニングには耳から聞こえてくる英語の音声を「聞き取る」力が欠かせない。そうした力を高めるためには、ディクテーションなどの訓練が有効と考えられる。しかし、実際のリスニングにおいては音声そのものが聞き取れるだけでは不十分である。そうして流れてきた音声を(聞こえてきた順に)即時に処理する力、すなわち、音声を「理解する」力もリスニングには欠かせない。

音声理解には語彙力など様々な要因が関連すると考えられるが、本稿で見てきた「継時処理能力」もその一つと言える。そして、英文の(視覚的な)継時処理訓練の一つである「英文速読訓練」は、リスニング力の向上をもたらす有効な訓練の一つとなり得ることが示されてきた。

しかし、小山の一連の研究では「英文速読訓練」が中学生以下に効果を及ぼすかは不明であるし、ディクテーション能力以外の個人差によって効果に差がある可能性も残っている。「英文速読訓練」の効果が今後の研究でさらに深く明らかになっていくことに期待したい。

主な参考文献

小山 義徳(2009).英文速読指導が日本人大学生の英語リスニング能力の伸長に与える影響の検討 : ディクテーション訓練との比較 日本教育工学会論文誌, 32(4), 351–358.

小山 義徳(2010).英文速読訓練が英語リスニングスコアに与える影響と学習者のディクテーション能力の関係 日本教育工学会論文誌, 34(2), 87–94.

小山 義徳(2019).英語リスニング学習の改善に向けて 市川伸一(編)教育心理学の実践ベース・アプローチーー実践しつつ研究を創出するーー(pp.227-240) 東京大学出版会

*1:参考「ディクトグロスを用いたリスニング能力を伸ばす指導 —技能間の統合を視野に入れて—」https://www.eiken.or.jp/center_for_research/pdf/bulletin/vol20/vol_20_p149-p165.pdf