不登校理由を尋ねた調査をどう読むか【小論】

不登校の「本人」調査

2020年、文部科学省は「不登校」の子ども本人に対する聞き取り調査を実施する。

 背景にあるのは、いじめの認知件数が過去最多となっているのに対し、学校側が挙げる不登校の理由では、「いじめ」の割合が極めて低い状況にあることだ。

 文科省では毎年、「問題行動・不登校調査」を行っており、不登校の要因は、「学業不振」「進路に係る不安」「いじめ」などの調査票に示された区分から、学校側が選択し、教育委員会経由で文科省に報告している。ただし、要因を児童生徒から聞き取っているケースは少ないという。

 2017年度の同調査(複数回答)では「家庭状況」が36・5%と最多で、「友人関係」(26・0%)、「学業不振」(19・9%)が続き、「いじめ」はわずか0・5%で、723人だった。

 これに対して、いじめの認知件数は同年度、小中学校で約39万8000件と過去最多を記録。「不登校の要因として挙げている数字と実態に大きな乖離がある可能性がある」(文科省幹部)として、学校や教委を介さずに、児童生徒から聞き取ることを決めた。具体的な質問方法や項目は今後詰めていくが、学校や部活動での状況、教員や親との関係などについて選択式で尋ねることを検討している。

 文科省では「不登校になった原因の本質を浮かび上がらせ、いじめの実態についても検証したい。いじめに伴う自殺という最悪の事態となることも防ぎたい」としている。

出典:不登校調査は学校介さず…来年度数百人聞き取り : 特集など : STOP自殺 #しんどい君へ : 教育 : 教育・受験・就活 : 読売新聞オンライン(※強調は筆者による)

簡単に要約すると、文部科学省が実施している「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」では学校側や各教員が不登校の理由を判断していることが多いため、実際に不登校になっている子が感じていることと乖離している可能性がある。そのため、2020年度には文部科学省として本人調査を実施するという取り組みを実施するという話である。

参考→児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査:文部科学省

 

日本財団不登校調査が示したこと

実際、文部科学省以外が実施した不登校調査を見ていくと、文科省調査(対教師調査)との乖離はたしかに見られる。

代表的な調査として、まずは日本財団が2018年に実施した「不登校傾向にある子どもの実態調査」を参照する。この調査は、現中学生から中学卒業後(22歳まで)の若者本人に対するインターネット調査を行ったものである。

この調査の最大の特徴は、いわゆる文部科学省が定義する不登校には含まれないが「不登校傾向」といえる子どもの実態を丁寧に解きほぐし、推計約43万人の中学生が「学校に行くのがつらい」と感じていることを示した点である。不登校傾向にも一種のスペクトラム性があるということが言えるだろう。

(尚、NHKによる2019年調査では、不登校および不登校傾向をもった子どもが推計約85万人にもなるというデータが示されている。参考→“隠れ不登校”は4人に1人、中学生1万8000人にLINEで調査 / 不登校新聞

そして、本稿の主題である「不登校理由」について参照してみると興味深い実態が浮かび上がる。

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まず、注目したいのは、身体的症状を除くと「授業がよくわからない・ついていけない」「小学校の時と比べて、良い成績がとれない」といった学業面の問題がかなり挙げられていることである。さらに「友だちとうまくいかない」といった友人関係の問題に加え、「先生とうまくいかない / 頼れない」といった対教師関係も大きな理由となっている。その結果として「学校は居心地が悪い」「学校に行く意味がわからない」といった回答が増えるのだろうと推察される。また、「自分でもよくわからない」という回答が欠席の多い層で多いという点も興味深い。

この調査では「いじめ」や「家庭状況」といった理由がみられないため単純な比較は難しいが、前述の文科省調査とは違った実態がみえてくることは間違いないだろう。

 

不登校新聞が指摘してきたこと

もう一つ、不登校の実態については「不登校新聞」でも多く取り上げられているので、そちらも参照してみたい。まずは、2016年のこちらの記事を参照する。

平成18年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(以下・問題行動調査/学校・教職員が回答)における中学生の結果と、平成18年度当時中学3年生だった不登校生徒を対象にした「追跡調査」(不登校した本人が回答)の結果のうち、「不登校の理由」を比較検討した。検討の結果、親・友人・教職員との関係は、両調査の共通項目であるなどの理由から比較が可能と判断。教職員と本人の回答が16倍も開いた「教職員との関係」については、「生徒本人は教職員との関係に『原因あり』と感じていても、教職員はそのことを自覚していないと言える」と分析した。

不登校の理由は「先生」 学校と子どもの認識に16倍の開き【公開】 / 不登校新聞

この記事は、文科省による「問題行動調査」(平成18年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」; 学校・教職員が回答)の結果と、同じく文科省が実施した「追跡調査」(「不登校に関する実態調査」〜平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書〜 ; 不登校した本人が回答)の結果を教育社会学者の内田良が比較したものに基づいている。

参考→「不登校に関する実態調査」 ~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書~(概要版):文部科学省

二つの調査の比較から見えてきた実態は次の図の通りである。対教師関係、親との関係、友人関係のいずれも過少に見積もられているが、特に「対教師関係」や「友人関係」が少なく見積もられていたことがわかる。

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似たような実態は、2019年にNHKが中学生1968人に行った調査でもみられる。

 文科省調査において、「教員との関係」が不登校の要因として挙げられた割合は2・2%だったが、NHK調査では23%と、20ポイント以上の開きがある。

 また、「いじめ」についても、文科省調査では0・4%となっているが、NHK調査では21%だった。文科省が把握している以上に、「教員との関係」や「いじめ」などを不登校の要因として挙げる子どもが多いことがわかる。

(中略)

 そのほか、「部活動」18・3ポイント、「決まりや校則」17・5ポイント、「進路」15・1ポイント、「学業」14・2ポイントと、NHK調査の結果が文科省調査のそれを上まわった。

 一方、逆の結果が出ている項目もある。不登校の要因に「家庭」を挙げている割合は文科省調査では30・8%であるのに対し、NHK調査では21%と、文科省の調査結果を下まわった。

 なお、不登校の要因について「答えたくない」と回答した子どもは1%だった。

出典:中学生に直接聞いた不登校理由、国の調査と大きな隔たり / 不登校新聞(※強調は筆者による)

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不登校理由」が意味するもの

ここまで、不登校の子どもが「不登校である理由」について教職員・学校が回答する調査と、不登校になった本人が回答する調査によって、かなり異なる実態が見えてくることを指摘した。

こうした議論をすると「文科省調査は実態を反映していなかったんだ!」という方向に行きがちである。ただ、我々が忘れてはならないのは不登校になった本人に聞き取った調査結果が不登校の “根本的な原因” かどうかは分からないということである。この点について、二つの理論を引用しながら考察してみたい。

 

「帰属」理論から考察する不登校

不登校という行動に理由を見いだすことは、心理学の言葉を借りれば「帰属」の一種である。帰属には、その行動をとった個人の性格や態度などを理由として見出す「内的帰属」と、その個人を取り巻く周囲の環境や状況を理由として見出す「外的帰属」がある。

一般に、個人が自分自身の行動の帰属を行う際には、自分を取り巻く状況への認識が強いため「外的帰属」が行われやすく、他者がある個人の行動の帰属を行う際には、知ることのできる情報に判断の根拠が偏ってしまい、特に「内的帰属」が行われやすいと考えられている。

 

これを不登校問題に置き換えて考えていくと次のようなことが言える。

教員や学校にとって「友人関係」は細かく把握するのが難しい情報である。一方で、児童・生徒の保護者に関する情報は教師にとってある意味で「単純な」情報であり、保護者に対する印象は形成しやすいと考えられる。そのため、友人関係よりも家庭関係に問題があると推測しやすいのではないだろうか。さらに、他者判断であるため「内的帰属」を行いやすいと考えられる。そのため「無気力」「不安」といった本人に係る要因を過大視した判断をする可能性も高い(「問題行動調査」から判断することは難しいが)。

一方で、不登校になった本人は「外的帰属」を行いやすいため、調査で問われているような環境要因を高く見積もって帰属しやすいと考えられる。そのため、本人調査で尋ねられる外部状況の要因はどれも過大に見積もられている可能性があると言えるだろう。

 

「動機の語彙」理論から考察する不登校

もう一つ、社会学者ミルズの「動機の語彙」論から、不登校の理由について考察してみたい。まずは、この論について社会学者の津田正太郎の解説を参照したい。

「動機の語彙」について説明しておくと、これは米国の社会学者チャールズ・ライト・ミルズによって提起された用語だ。「動機」は人間の心の内側にあるものとしてではなく、他者とのコミュニケーションのなかで語られるものとして捉えたほうがよいという発想に基づいている。

人間の心のなかはみえないし、そもそもつねに明確な動機に基づいて行動するとも限らない。それでも、たとえば殺人事件のように「なぜそれをやったのか」が大きな問題となることはあり、人はその動機を探そうとする。

そこで重要になるのは、やった本人がどう考えているかではなく、周囲が「納得できる動機」かどうかだ。納得できない場合に周囲の人間が「ほんとうの動機」を無理にでも聞き出そうとすることもあれば、聞かれた側がたとえ本心ではなくとも納得してもらえそうな動機を語ることもある。

(中略)

また、「納得できる動機」は、その行為をした人物に対してどのような感情を抱いているかによっても変わる。たとえば、自分が好感をもっている政治家が人助けをしたとしよう。その場合、「困っている人を見逃せなかった」といった利他的な動機の語彙は受け入れやすい。しかし、それが嫌いな政治家であったなら「売名目的」「選挙対策」といったシニカルな動機の語彙のほうが説得的に思える。

出典:ネットを支配する「シニシズム」「冷笑主義」という魔物の正体(津田 正太郎) | 現代ビジネス | 講談社(1/8) (※強調は筆者による)

「動機の語彙」論の最大のポイントは「動機」というものを行動に先立って個人の中に存在するものではなく、行動が起こった後にその意味づけのために存在するものと考えることである。そして、「不登校」という行動の背景として語られる「動機」は、本人が“本当に”どう思っている(いた)かではなく「不登校」という行動の理由として周囲が納得できるものになっているかが重要視されていると考えるのである。

津田の指摘にも重なるが、そもそもつねに「不登校」という行動が明確な動機に基づいた行動とは限らない。実際、前述した日本財団による調査では「自分でもよくわからない」という理由が少なからず語られている。しかし、こうした理由は教員や学校、さらには保護者が「納得できる」理由とは言いがたいだろう。そのため、こうした理由は、本人調査でないと語られにくい「動機の語彙」であるだろう。また、選択型の調査ではあくまでも納得感に合った「動機の語彙」が選択されている可能性が高いのではないだろうか。

また、こうした「動機の語彙」論が示唆するのは、その人のパーソナリティ特性や状況などにしたがって、自罰的な語彙/他罰的な語彙の選択量が異なっている可能性である。たとえば、他罰的な語彙を選択しやすい子どもは、不登校の原因を状況要因(対教師関係、家族関係、学校の雰囲気など)に見出しやすく、自罰的な語彙を選択しやすい子どもは内的なものに関わる要因(友人関係の不和、学業不振など)に見出しやすいという違いがある可能性がある。教員が「いじめ」や「対教師関係」を原因として挙げることが少ないのも、教員が自罰的な語彙を選択しづらい状況(自らの処分に関わるため)ことが理由と考えられるだろう。

 

不登校理由の語りをどう読むべきか

心理学の「帰属」理論や、社会学の「動機の語彙」論が示唆するのは、不登校の理由として語られるものは、その時に不登校になった動機を必ずしも意味せず、後からの意味づけでしかない可能性である。そして、そうした意味づけには様々な要因、いわば「バイアス」がかかることが多く、これは他者に対する調査でも本人に対する調査でも同じである。

つまり、不登校の理由を尋ねる万能な調査はない。それゆえ、多様な調査方法を用いていく中で、各回答者のバイアスに留意しながら結果を解釈していくことが重要だと考えられる。

たとえば、不登校になった本人が「対教師関係」を不登校の理由として多く挙げたから「対教師関係」は不登校の大きな要因だと語るのは早急である。教師に対するネガティブな感情が、不登校という行動の「動機の語彙」として「対教師関係」を選択しやすいという傾向に寄与している可能性にも目を向けなければならないのである。本人が語る「動機」が必ず正しいというわけではない。自分のことを一番よく知っているのは自分とは限らないのである。

とはいえ、2020年度に文部科学省不登校の児童生徒本人に対して聞き取り調査をするということそのものは、これまでの対教師・学校調査では見落とされてきた、あるいは低く見積もられてきた要因を浮かび上がらせる可能性が高い。多様な調査を比較しながら、いまや世界的にも有名となってしまった日本の子どもたちの「不登校」(futoko)という問題と向き合っていく必要があるだろう。

繰り返しになるが、重要なのは、ある調査結果をもとに「これが不登校の重要な理由だ」と一方的に決めつけることではないし、本人調査の結果を重視して「先生は何もわかってない」とか、対教師調査の結果を重視して「子どもは他罰的だ」と見なすことではない。統計の限界に留意しながら、子どもが過ごしやすい学校環境を整えるために何が必要かを考えていくための調査であると思う。そして、「バイアス」を少しでも減らすために多様な調査方法を用いて、多角的に不登校問題や学校の状況を捉えていくことこそが、こうした問題の解決には不可欠なのではないかと思う。