人種差別:心理学からのさらなる考察【記事メモ】
【出典記事】Racism: Further Considerations from Psychological Science. (2020, June 03). https://www.psychologicalscience.org/publications/observer/obsonline/racism-further-considerations-from-psychological-science.html
・近年の人種差別の研究では、潜在的なバイアス(すなわち、暗黙のうちに私たちの行動に影響する信念)やそれらを維持する社会的なプロセスについて扱い、人種差別の構造的・制度的な問題を検討し、多様な形態の人種差別の社会的・心理的・身体的な帰結について探究している。そして、人種差別をなくす(あるいは、少なくとも減らす)ための行動の可能性についても示している。
制度的人種差別と潜在的なバイアス(Systemic Racism and Implicit Biases)
・人種差別は偏見、ステレオタイプ、差別などの個人の心理プロセスによって定義されることがほとんどだが、実際には歴史的・文化的なレベルでもみられる。
・Salter, Adams, & Perez (2018) は人種差別の文化心理学的なアプローチを提案。彼らは、人種差別というものが人種差別的なプロセスを供給・促進・維持する日常世界によって再生産されていると指摘。
・個人と文化の間にある相互作用は人種差別の解消を困難にしている。Salter et al. (2018) の研究を踏まえれば、人びとの個人的なバイアスを単に変えるだけでは人種差別そのものはなくならない。
・個人の偏見にばかり焦点化すると、人種に基づいたヒエラルキー構造を維持する構造的・文化的なプロセスの役割が不明瞭になる可能性。
・Vuletich & Payne (2019) は、潜在的なバイアスが個人の属性というよりも社会的文脈の属性であり、社会的文脈を変えることは個人の態度を変えるよりも効果的にバイアスを低減できる可能性を指摘。
・Gawronski (2019) では、潜在的なバイアスをより深く理解するための6つの教訓と、どのようにそれらを研究すべきかについて指摘。
①人は自らのバイアスに無自覚であるとは限らない(ある程度は自覚している可能性)
②潜在的なバイアスと顕在的なバイアスは多かれ少なかれ関連している可能性がある
③潜在的なバイアスが必ずしも実際の行動に表れるとは限らない
④潜在的なバイアスは顕在的なバイアスよりも時間的な安定性が低い
⑤潜在指標による測定で得られた結果には文脈が大きく影響している
⑥潜在指標の分散はバイアスではない他のものを反映している可能性がある
人種差別の帰結(Consequences of Racism)
・Landor & Smith (2019) は、個人の肌の色に基づいた暴行が外傷性ストレス反応や健康上・対人関係上の問題(例:低い自尊感情、高血圧、リスクの高い性行動)につながると指摘。また、Lewis & Van Dyke (2018) では、アフリカ系アメリカ人は他の人種的な背景をもつ人に比べて、大抵の主要な身体的健康指標(例:冠動脈性の心臓病、脳卒中、がん、HIVなど)の数値が悪いことも確認。
・Hetey & Eberhardt (2018) は、刑事司法制度の中で黒人が白人よりも刑罰を受ける可能性がはるかに高いという人種格差に関する豊富な証拠があることを報告。
・Kraus, Onyeador, Daumeyer, Rucker, & Richeson (2019) は、アメリカ人が現代社会での人種による経済的な不平等、特に貧富の差を過小評価していることを示した。これには、そうした抑圧から解放されたという信念を後押しするような人物の存在感や、社会を公正なものと捉えたいという動機などが影響。
・Current Directions in Psychological Science 誌での「人種差別」特集において、巻頭の Richeson (2018) では「米国政府が人種差別に関連した社会不安に関する画期的な報告書を発表してから50年が経過したが、社会的人種差別の根絶に向けた進展の度合いは依然として不明である。」と指摘。
人種差別と闘う方法(Ways to Combat Racism)
・Hetey & Eberhardt (2018) は、黒人が白人よりも刑事司法制度によって処罰される可能性が高いことを思い出させることで、恐怖が引き起こされ、ステレオタイプ的な黒人と犯罪の連合や、偏見や格差を生む政策への支持が強まることを示した。
・人種による格差についてのデータを肯定的に提示するための戦略
(a) 格差を文脈化し、どのように発達したか、格差がいかに自然ではないかを説明
(b) バイアスについて市民教育を行い、人種と犯罪との関連に打ち勝つ
(c) 人種差別の構造的・社会文化的な形態を指摘することで、格差の永続における制度のもつ役割を強調する
・Jones (2019) では、多様性や人種差別にかかわる研究や実践について紹介。
・Craig, Rucker, & Richeson (2018) は、人種の多様性の増加によって人種集団間の関係性にどのような影響が及ぼされるかを説明する枠組みを提案。
・多様性の増加はマイノリティ集団を大きなものと知覚することにつながり、支配集団(マジョリティ)にとっては脅威を高め、偏見や差別、反移民政策への支持などにつながる可能性がある。
・一方、人種集団間でのポジティブな個人経験を伴っていれば、多様性の増加によるネガティブな影響は抑制できる可能性がある。異なる人種集団のメンバーとのポジティブな接触、特に同等の地位や共通の目標を共有している接触では脅威が少ない。
・さらに、人種の識別やステレオタイプに関する信念といった個人要因も脅威を減らせるかどうかに影響すると指摘。
・Kraus et al. (2019) では、経済的な平等を促進することに加え、人種による経済的な不平等に関する実際の情報や、これまでの進展に関する根拠を提示することが、人種による経済的な不平等の誤解を解くために役立つ可能性を指摘。さらに、経済的な不平等のパターンを理解することが、人種ごとの長所・短所を維持している社会構造の文脈で人種差別を理解することに役立つ。
・Campbell & Brauer (2020) は、理論と実践におけるギャップを埋めるために、理論ベースの原則に加えて「ソーシャル・マーケティング」に基づいた問題ベースの原則を合わせて用いることを提唱。偏見を減らし、人種差別に関する理論を進歩させることに役立つ可能性を指摘。