認識論的謙虚さ:パンデミック禍で限界を知ること【記事メモ】

【出典記事】
Angner, E. (2020). Epistemic Humility-Knowing Your Limits in a Pandemic. Retrieved July 30, 2020, from https://behavioralscientist.org/epistemic-humility-coronavirus-knowing-your-limits-in-a-pandemic/

「無知はしばしば知識よりも自信をもたらす(Ignorance more frequently begets confidence than does knowledge.)」というダーウィン1871年に書いた見識は、現在のコロナウイルス危機に対処する際に心にとどめておく価値がある。

・過信(Overconfidence)や、認識論的謙虚さの欠如(Lack of epistemic humility)は実害をもたらす可能性がある。

パンデミックの最中は知識が不足している。何人が感染しているのか、これから何人が感染していくのか、病気にかかっている人の治療方法や、かかっていない人の感染を防ぐ方法、医療・経済・資源配分の最善の政策については意見の相違があり、分かっていないことも多い。

・メディアを見ていると、必要以上に自信をもって自己表現をしている人がたくさんいることがわかる。たとえば、多くのコメンテーターは、どのような政策アプローチが最善であるかを知っているかのように語っている。まだ誰もそれを知る立場にはないが。

 

・われわれが新たな脅威について、明らかに、そして必然的に無知であることを考えると、しばしば極端な自信が表現されていることは奇妙に思えるかもしれない。けれども、過信は私たちのほとんどの時間を悩ませている。
Frequent expressions of supreme confidence might seem odd in light of our obvious and inevitable ignorance about a new threat. The thing about overconfidence, though, is that it afflicts most of us much of the time.

・過信は「心理バイアスの母」とも呼ばれてきた(Moore, 2018)。たとえば、ある古典的な研究において、米国のドライバーの93%が自分は中央値よりも運転が上手いと主張しているが、それは現実には不可能である(Svenson, 1981)。

・ある分野における専門家であることが、過信を防ぐことにはつながらない。むしろ、ある研究では、博識な人ほど自信過剰になりやすいことも示唆されている。

 

・真の専門家であるということは、世界のことについて知っているだけでなく、自分の知識や専門性の限界をも知っていることを含む。
Being a true expert involves not only knowing stuff about the world but also knowing the limits of your knowledge and expertise.

・真の専門家は自分の信念を隠すべきとか、信念を持って話さないべきということではない。信念の中にも他の信念より強い証拠に裏付けられた信念があり、私たちはそれを言うことをためらうべきではない。つまり、真の専門家は証拠に基づいて正当化される程度の適度な自信をもって表現をするということが重要である。

 

・認識論的謙虚さ(Epistemic Humility)は知的徳の一つである。私たちの知識は常に暫定的で不完全であり、新たな証拠に照らして修正が必要になるかもしれないという認識に基づいたものである。
Epistemic humility is an intellectual virtue. It is grounded in the realization that our knowledge is always provisional and incomplete—and that it might require revision in light of new evidence.

・認識論的謙虚さの欠如は悪徳であり、私生活においても公共政策においても大きな損害をもたらす可能性がある(Angner, 2006)。

Kruger & Dunning(1999)が強調しているように、私たちの認知能力とメタ認知能力は絡み合っている。課題を実行するために必要な認知能力が不足している人は、通常パフォーマンスを評価するために必要なメタ認知能力も不足している。無能な人は、無能なだけでなく、自らの無能さに気づいていないので、二重の意味で不利な立場にある。

・認識論的謙虚さの徳を実践するのに、現在ほど最適な時はない。また「良い専門家」と「悪い専門家」を見分けること(to separate the wheat from the chaff)がこれほど重要になったこともない。

 

・関連する情報や経験を利用していない、また、それを処理するのに必要な訓練を受けていないのに、極端に自信を持って表現している人は「悪い専門家」の中でも支障なく分類することができる。
People who express themselves with extreme confidence without having access to relevant information and the experience and training required to process it can safely be classified among the charlatans until further notice.

・認識論的謙虚さを促進するには、自分が間違っているかもしれない理由を考えることが有効と示唆されている(Koriat, Lichtenstein, & Fischhoff, 1980)。過信を減らすためには「この主張が間違っているかもしれないと思う理由は何か?」「どのような状況下でこれは間違っているだろうか?」といったことを尋ねていくとよい。

・意見を持ち、それを公の場で表現することは、たとえ大きな信念を持っていても問題はなく、良いことである。重要なことは自らの限界を反映しながら表現をするということである。